ブルドック

 島々が眼下に広がる 緩やかな風が頬に触れ


  微かな潮の香りが僕の心を穏やかにさせる


  雲が少しあるが 申し分のない天候だ


   目を閉じ ゆっくりと深呼吸する


  「さあ いくぞ」と自分自身に話しかけた


     草原を一気に駆け降りる


 勢いが増すにつれ風が僕の体を持ち上げてくれた


   そして最後の一蹴りで 空中に浮いた


  
 ついに 空を飛んだ 高い所が苦手だった


克服した僕は 嬉しさのあまり雄大な景色に向かっておもいっきり叫んだ


   そう 初めて挑んだパラグライダー


   背中に翼が生えたような心持ちだ


   これが 本当の自由とさえ思えた



  言い知れない感動を味わっていたその矢先



    異音が聞こえた 嫌な予感がした


   恐る恐る上に目をやると グライダーが

     真っ二つに折れる瞬間だった


僕は死を覚悟した まっ逆さまに墜落したのだった…


      「あああああぁぁぁ」



        

         「あ?」



       【なんだ 夢か】


 僕は仰向けになっている 空は美しく晴れていた


       雲も優雅に漂い 

さわさわと風と草木が会話てしいるのが聞こえてくる


      
   【僕はここで寝そべっていたのか?】


 両脇には高さ1㍍程のコンクリートの壁があり

 寝そべっている地面もコンクリートになっている


  【こんなところで寝そべるはずがない】


     僕は体を起こそうとした 


  身体中が打撲と擦り傷で痛みが走った



       【なぜだ!?】



      理解出来なかった



       思い出せない


    僕の記憶の糸が見当たらない


     

       【どこだ?】


    どこかに記憶の糸が隠れたのだ



僕は必死で数多の記憶の糸を掻き分け捜索する


探し出すのに苦労したが漸く見つけることができ


  僕はゆっくりとその記憶の糸を手繰り寄せた

 
      すると 見えてきた


僕は愛犬ドーザと散歩していた 

ドーザは嬉しそうに はしゃいでいる 


言葉は少し変だが とにかくブサイクで可愛らしく
愛くるしいブルドックで目に入れても痛くない


   僕とドーザは土手を散歩している 


        そして僕は


    「あっ」と思わず声を出した


  リードが足に絡まり バランスを崩して

   土手下の用水路に転がり落ちたのだ



近くに新しい道が建設中で この用水路もまだ新しく
使われていないのが不幸中の幸いだ



  「そうか それで… はっ ドーザは?」


僕はドーザと呼んでみた だが反応はない

 徐々に声を大きくしてみた それでも反応がない

 ドーザと叫ぶ瞬間 近くで工事が始まったのだ

  僕の叫ぶ声は工事の音で掻き消されていく


  僕は右手に付けている腕時計に目をやった


     時計の短針は8を指している


   「なんで? なぜこんな時間に?」


   僕は更に記憶の糸を手繰り寄せた


 僕は朝6時にめざまし時計によって目が覚めた


 いつもなら こんなに早く起きるはずがない


     着ていく服を選んでいる


【どこかへ出かけるつもりなのか?これは何か大事そうな用事があるのか??】



   僕はまた更に記憶の糸を手繰り寄せた


      【おもいだした!】


     と目がくわっと聞こえた


    【こうしちゃいられないっ!】



【岡本さんとデートの約束をしていたんだ!】



僕はどちらかと言えば 内気で積極的に人前に出たり自分から行動を起こしたりすることができない性格だ  気が小さくて、他人と関わることが苦手で コミュニケーションうまくとれない


     つまり引っ込み思案なのだ  


        そんな僕が


満を持して おもいっきって 勇気を振り絞って


放った言葉だ    

     
デートしてくださいと!


   僕は慌てて立とうとした 



        が立てない…



       もう一度試みる



       やはり立てない…



        僕は叫んだ



      NOぉぉぉぉぉ~!



     僕はポケットに手をやる



        ないっ


     

       携帯電話が…



         ない…    



      うおおおぉぉぉ~ 



    犬の遠吠え かっつうくらい


         吠えた


そういえば充電を満タンにするため 携帯電話を

置いてきたのだ


    「で、でえとがああぁぁぁ~」  



    
 僕は叫ぶしか手立てがなかった


     助けてと必死で叫んだ


だが誰も気付いてはもらえない それもそのはず 
この歩いてきた土手は殆ど誰も通らない 


僕は人とは出来るだけ避けたいこの散歩道を

選んでいる



    だが 叫ぶしか出来なかった


  万が一 人が通るかも知れないからだ


外国人も通るかもしれない


   僕は得意の英語をいかして


  「Help   meeee~」訳 助けて


僕の声は虚しく工事の音に吸い込まれていく


頼みの綱はドーザしかいない

  
ドーザともう一度叫んだ 


      ………。


やはり反応がない



そうか あの犬は頭がいい おても おかわりも


伏せも ティンティンも…



きっと 家族か誰かに助けを要請してくれている


    あの短い足で 顔にでないが


     すごい形相で(もともと説)


    助けを求めに行ったに違いないっ


 僕はその姿を想像しただけで 目に涙が込み上げ


      涙で視界が歪んでみえた


 僕は すまない の最上級の言葉を送った


     「かたじけない…」と



 行き場を失った涙は僕の頬を伝いズボンの上に こぼれ落ちた



     

 来なかった…いぬ



  どれくらい時間がたったであろうか 


    僕は時計を見る気力も失せていた


 喉も掠れ  だせる声も使い果たした


     徐々に意識も遠退いて行く



「ああ 僕はこんな所でこのまま死んで行くのか短く儚い人生だった 兄貴 父ちゃん 母ちゃん先立つ僕を許してくれ」



「いやだめだやり残したことは山のようにある  
 がしかしっ!  これだけは これだけは…」



         そう 


   いちゃいちゃ と ちょめちょめ 

  

          だ



    僕は立てないけど奮い勃(た)った


僕は両手の拳を硬く握り締め 掠れて声にならないが 


       空に向かって 


       ちょめちょめ~


        と叫んだ


  すると神に届いたのか 工事の音が


     止んだ  ぴたっと…


     どこまでも静かだった


      僕は腕時計をみた


    ちょっきり じゅうにじ


       お昼時間?


     そうだ お昼時間だ



ピンチはチャンスだ この機会を逃してはならない 工事のおっちゃんたちは果たして気付いてくれるだろうか?



 だが 問題は喉の潤いだ 唾が枯渇している


      まずい 非常にまずい


   今僕は生と死の境界線をまたいでいる


     慌てるな 考えろ 考えろ…


        ち~ん


   ひらめいた!一休さんのように


      僕は想像力豊かだ 


   それを活かすときが漸く訪れた


   全身全霊 気を高め 一点に集中する

       こおぉぉぉ~


  1つの 梅干しでは駄目だ話にならん! 


       追加だ!まだだ!


      もっと!まだまだ!


    わんぱっく 全部いったれ!


     あかん!あともう少しっ!


    【脳の総司令官の報告です】


    【なんだ!どうした!?】


【申し訳ございません 梅だけでは限界とのこと】


  【な、なんだと はあはあ どうすれば…】



 

 夢ならば~♪どれほど~♪ふふんふ~ふ~♪


        うえっ!


     あの日の悲しみさえ~♪


     あの日の苦しみさえ~♪



      レモン~の匂い~♪



   このメロデーが舞い降りてきた


 
 【そうか その手があったか! レモン…】


    あなたをリスペクトします


     ありがとう 玄師


      そして 集中した


       おおおおおっ


    どんどん  涌き出てくる 


 Max charge(赤いランプから緑のランプに変わった)


       唾がたまったのだ


   

    僕は唾を飲み込み 喉を潤した 


     そして 力の限り 叫んだ


   「た~す~け~て~~~っ!」


   

    「だ、駄目か お…わった…」

 すると ひょこっと 顔が4つ 僕を覗いた


 慌てて工事のおっちゃんが僕を抱えてくれた


  すると 歩けないと思っていた体がなんか


        ぽすっと


    何かがはまった感覚がした



     腰を抜かしていたのだ



  工事のおっちゃんたちにお礼を言って


 ベンジョンソンに追い付く位 ダッシュ


        家に帰った


  携帯電話を見ると着信履歴が数件あった


     岡本さんからだった


     メッセージを聞くと


  「どうしたの? 何かあったのかな?」

          とか

    「心配です 大丈夫なの?」


    僕は奮い勃った(本日2度目)



   「よしこ~!」※岡本さんの名前


    だが 連絡は取れなかった


  メッセージに謝罪の言葉をたくさん入れた…



 忘れてはいけないのは 目に入れても痛くない


      愛犬 ドーザの存在だ


    そういえば すれ違わなかったし


  家に戻っていれば 僕の所に来るはずだ


      家には誰もいない 


  【確か早く出かけるって言ってたな】


     【どこ行ったんだドーザ】



    僕は米津玄師のようにふらふらと

    犬小屋をもう一度見に行った



      犬小屋中を覗くと 

  気持ち良さそうに爆睡していた……。



   

    くそいぬがあぁぁぁぁぁぁぁ




 

   



   しばらく口聞いてやんなかった…