恐れ坂

  私は今まで 誰にも話していない秘密がある


       それを初めて口外する


     何故今まで口外しなかったのか?


        大した意味はない


     ただ 思い出したくはなかった


    話してはいけないようも感じた


 ひとつ断っておかなければならないことがある


   この恐ろしい体験を知ってしまう以上


     眠れない日が続くかもしれない


      同じ目に遇うかもしれない


   心臓の弱いかたは知らない方がよい


    全ては自己責任でお願いしたい…



      話は30年程前に遡る

    


    私は訪問販売の営業をしていた


 とはいっても 入社して数ヶ月しかたっていない


 私はその日 先輩と二人で各家庭を訪問していた


  当然上手くお客様と話せる訳がなかったが


  先輩の助けもあり辛うじて商談は成立した


「そう 落ち込むなって 結果的に成功したじゃないか」


「でも先輩がいなければ成立してなかったじゃないですか」


「そうかなあ 俺はそうは思わない あの中で
お客様は一生懸命 話してるお前の姿をみて 既に買おうと決めていた ただ いつまでも 説明してるから フォローしただけだ」


 「そんな 見ただけでわかるはずがないですよ」


「まあ とにかく経験を踏むことだ 自ずと答えがわかってくるよ」


    「そんなものなんですか?」


「ああ そんなもんだ  そうだ この近くに
豚カツ屋さんがある 昼からの仕事に備えて腹ごしらえするか」


    私と先輩は営業車でその店に向かい


       豚カツ屋についた


       「豚豚 勝与…」


「よく見てみな 豚の漢字の所に濁点があるだろ どんどん 勝つよ って読むんだ」


    「なるほど おもしろいですね」


「米と味噌汁はおかわり自由だ どんどん食べて昼からもどんどん稼ぐぞ」



 「あ~ お腹一杯だ 三杯もおかわりしたよ」
 と爪楊枝を咥えて言った



    「先輩 よく食べるんですね」


「おうよ! さあ腹ごしらえもしたし いこうぜ」と車に乗り込んだ


     「次はどこへ行くのですか?」


  「市外に行く まあ車で30分てとこだ」



道中の先輩の運転は安全運転で安心して助手席に乗っていられる 周りの交通状況に応じてスムーズに運転をこなしている 私はこの先輩のように

なりたいと思っていた 目標にするべき人物だ


   そして 独特のオーラも放っていた




私は先輩に教えてもらっていることに誇りに思いながら 車窓から行き交う車を眺めていた


大半は流れに沿った 走りを見せるドライバーが多い   

   だが中には乱暴な運転をする人もいる


「あのドライバーさっきから危ないですね 指示器も出さずに縫うように車線変更してますね」


「あぁ あの心理はわからないね 多分本能で動いてるから 物事の分別がつかないのだろう」


「なるほど てっきり こういうドライバー達は普段怒られっぱなして ストレスを発散してるのかなって… 勝つことがないから 車を何台も抜いて優越感に浸っているものだと…」



「アスリートだな一分一秒 競っているのか?

相手もいないのに?」と先輩は笑った



         「先輩」

                      

        「なんだ?」


「見てください さっきの車 あんだけ 他の車をあおっていたのに 怖そうな車にはあおらないですね 相手を選んで走行してますよ」


「おっ 本当だ 慎重にその車を抜いていったぞ 丁寧に指示器も出している」


「あら先輩 あの車 赤信号で追い付きましたね ちゃんと信号守るのですね」


「急いでも 結局 変わらないのが わからないのかね みたまえ あのドライバーの顔 機嫌悪そうだぜ」


「ほんとですね きっとうまく行かないのですね  なにかと…」


 「あらあら フライングだぜ せっかちだな」



 「見えない何かに追われてるみたいですね」



「あ そうだ話変わりますけど  隣の町行くのにトンネルがあるじゃないですか」



「ああ 恐坂トンネルだろ?それがどうかしたか?」


 「いや そのルートで行くのかななんて…」


 「そのルートでいくぜ 近いからな 何故だ?」 


  「あまり いい噂 聞かないですからね」



「あれか 霊が乗り移るって話だろ 有名な心霊スポットだってな それがどうした?」


 「避けたほうがいいかな なんて思います」



  「なにそれ? まさかビビってんのか?」
   と先輩は僕を一瞥した


 「ち、違いますよ ただ僕は霊感が強いから

  それで…」



「何が霊感強いだよ んなもの いるわけないじゃないか 馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑った


「でも 僕は行かないほうがいいとおもいます
 昼からの営業 気になって僕が足を引っ張ってしまう恐れもありますからね」


「しょうがねえな わかったよ 迂回すりぁいいんだろ」と先輩は舌打ちをした


  先輩は意外にもすんなり承知してくれた

 強がりを言っていても少しは怖いのかもしれない



    

    先輩は少し機嫌が悪くなったのか

  
   穏やかだった表情が少し強ばっていた


     そしてそれは運転にも表れた


   少しずつスピードが上がってきたのだ


      

      怒っているのかもしれない

「せ、先輩わがまま言ってすいません」と声をかけた



  「……あ…ああ」とぶっきらぼうな返事をした



 私は先輩を見ると 先ほどに増して顔が強ばってい る そして 額には汗をかいていた 



  そして目の前の信号は赤に変わっていた


 停車している間先輩は 硬く握り締めた拳と

 せわしく足を揺すっている


  信号は赤から青に変わろうとしていたが


   先輩は信号を待たずに急発進させた


 私は驚いて思わず「先輩」と声を荒らげた


先輩は「…るせえ…だまっ…ろ!」と苦しそうに言葉を雑巾のように絞り出して言った


勘の鋭い私は 先輩は何かに取り憑かれていると思った 


先輩は益々車のスピードあげ 運転も荒っぽくなってきた  見境なく煽り始めた 怖そうな車も関係なく 煽り始めた 


先輩は呪文のように「…れ…まれ…さまれ…おさまれ…」と歯を噛みしめながら 繰り返していた


先輩は完全に憑依されていない 見えない敵と闘っている 頑張って欲しい 負けるな


   先輩はクラクションを鳴らし出した 


 そして先輩は「ううぅ ううぅ」と唸り声に変わっていった


  私の背中が急激に氷のように固まった


  完全に動物の霊に支配されているのだ


 先輩は頭をもたげて 目だけ 前を見ている

   目の下の くまが恐怖を増幅させた


     私はあることに気が付いた 


それは避けて通ってほしかった 峠 に差し掛かっていたのである  


    この先には 恐坂トンネルがある


   私たち二人は完全に誘い込まれたのだ


益々先輩はアクセルを踏み込んで峠道を上り始めた 私は霊的な恐怖と この暴走といえる車の運転にも恐怖を覚え 足を踏ん張っている


もうすぐ恐怖のトンネルだ霊気が私の体にもまとわり憑いているような感覚も覚えた


少し古典的なようにおもえるが 払い除ける言葉はこれしか思い浮かばなかった


   「なんまんだ~なんまんだ~」と



そして トンネルの中に入った 昼の良い天気だった 普通なら少々暗くても 怖くなんてないはずだ だがこのトンネルは違った

  薄気味悪いのだ  地面を蹴るタイヤの音は

     うめき声のようにも聞こえた


   トンネルを抜けるその時のだった


   先輩が白目をむき雄叫びをあげた


     「あああああぁぁぁ」


 私は驚愕のあまり「出た~!」と叫んだ


それとハモるように先輩も「出た~!」と負けじと叫んだ


    先輩は急ブレーキをかけた


  私は恐怖のあまり 数秒間 目を閉じた


 恐る恐る目を開けた 先輩の姿は横にはいない


異臭がしたそれと同時に先輩が藪の中に消えて行った…


 「くっさあああ~!あいつ もらしよった!」


      「くそが~糞があ~!」


「憑依したんちゃうかい!紛らわしいのぉ!」


   「あれは ガチの我慢うんこか!」


   「うざっうっざっ うざすぎる」

    「何がオーラを放ってる?」
   
  「糞の臭いを放っとるやないけ!」


  先輩は川で洗濯を すると どんぶらこ


 どんぶらこと うんちが流れて行ったとさ…




      めでたし めでたし



     この時解った事が2つある

    私に霊感なんで微塵もなかった

 気のせいと思い込みによるものだと判明した

        もう一つ


世のせわしなく煽り運転をしているドライバーたちは


        ほとんど全員

    
      うんちorおぴっこが

      爆発寸前なのである


      車に乗る際は必ず


    うんこ 前点検を推奨する